コンユの部屋

コンユ:ELLEインタビュー 訳

ELLE 5月号 コンユさんインタビュー♪

シャネルJ12と共にした、最初の撮影です。腕時計は男性にとっても象徴性のあるアクセサリーでしょう。

こうして「ELLE」を通して初めてお見せすることになりましたね。私も30代になるとすぐに、自分だけの時計を1つくらい持ってもいいのではないかと思ったんです。そういう面で意味と愛着があります。シンプルなものが好きな私の好みに合う、唯一のアクセサリーでもあります。

元々物欲が多くはないという風に知られています。スニーカーを除いて。

帽子とスニーカーは集めてから20年になると思います。靴に対する欲はもうおさまったと思ったのですが、思い違いでした。ちょっと前にNetflixで「マイケルジョーダン:ラストダンス」見たからか、また火が付いたんですよ。

今日の撮影場所には欲しいものはあったでしょうか。ディーター・ラムスのデザインのものがたくさんあった空間でしたが。

LPプレーヤーが目に入ってきました。アナログサウンドがくれる妙な安心感があるじゃないですか。いつかもう少し、自分の家だと思える空間ができたらそろえようかと思っています。

「静かなる海」の撮影は少し前に終わったそうですね。Netflixシリーズの挑戦は初めてですね。

映画の撮影現場と似た感じでした。公開時期を心配しなくていい点で、なんだかんだ言っても最近の状況とよく合う選択だと思います。知人たちとも冗談のように「先見の明があった」と言っています。

制作者でもある監督が俳優のチョン・ウソンさんでもありますね。

後輩俳優ではなく、作品の主人公として私たちに接してくださったので私と(ペ)ドゥナさんにとっては気楽でした。企画と制作にはいつも関心を持ってきましたが、ウソンヒョンを見ていろいろ考えました。あれくらいの情熱と覚悟がないなら、むやみに挑んではいけないと思いました。

作品で一緒だった「イジュンのヨンストリート」にペ・ドゥナさんが出演した時、ラジオにメッセージを送ったことが話題になりましたね。

撮影現場でお互いに細かい日程について話しているんですよ。1人宿に残っていたら「これはどうやって聞くんだ?」「メッセージはどうやって送るんだ?」といたずら心が湧いてきたんですよ。私だという事に気づくまで送り続けて、実際にすぐ読んでくれるので面白かったです。次の日ドゥナさんにお礼を言われました(笑)

一緒に撮影していた俳優たちと長い間親しい関係を保ってきたと知られています。意図的に努力もしましたか?

お互いにぎごちなかったり、気まずくなることを警戒することはあります。仕事をするのにあまり役に立たないからです。後輩でも先輩でも、相手が私に合わせることを期待するより、どんな人なのか、初めは慎重に見守ります。人によって速度が違うじゃないですか。そうしているうちに、自然に合わせます。私があまり苦労しない程度で。大体は、そんなに大変なこともなかったし。ここに意図が混ざっているかは定められないけれど、それでも誠意は相手も十分に感じるはずだと思います。お互いにその誠意を尽くし合った時、関係が作られます。

成功した40代の男優には、世間が実力以上の期待をすることが多いでしょう。マナー、適度な威厳、ユーモア感覚…。そういう役割を背負うすることがプレッシャーになることがありますか?今日の撮影現場では、とても自然な姿に見えましたが。

世間が正確に私に何を期待していますか?今日自然に見えたのなら、意図したものではないからでしょう。そういうものはプレッシャーではないです。プレッシャーになるのは、世間の人たちが私が持っている以上のものを、自分のファンタジーを期待しているときです。私がそれに及ばない事を知っているからです。もしかすると、だからあえて自然にふるまっているのかもしれません。「期待しないで」「私はそんなにすごい人間じゃない」という風に。知らなければ知らないと、正直に。

ついに「徐福」が公開します。ギホンは余命宣告を受けた後、映画の中に映し出される性格に変わったキャラクターです。辛い事件を経験すると自身も以前の自分と変わると思いますか?

人間なら影響を受けるのではないでしょうか。ギホンが置かれた状況が、私には結局漠然とした想像でしかないので、言葉にするのは慎重になりますが、私の経験を振り返ってみると「トッケビ」が終わった30代の終わりに放電された時期がありました。その時間が過ぎると、私が少し変わっていたんですよ。物事を見る視線が少し変わり、広い視野を持とうと努力するようになり、相手を少し受け入れようになりました。決まり文句のような表現ですが(笑)今も私は相変わらず好き嫌いが激しいです。それでも角が少しずつ削られて、柔らかくなってきたのを感じます。

「時間が薬だ」という言葉にはどれくらい共感しますか?

曖昧です。結果的には正しい言葉でしょう。不思議なことに、過ぎてしまえば大丈夫なんですよ。なぜ人が「これもまた、通り過ぎることだ」という言葉を言うのかわかりました。だけど、当事者はこういう言葉は聞く耳を持たないでしょう。なので、私はその言葉がいい慰めではないと思います。静かに適正な距離にいてあげる事、その人が必要な時に手を差し伸べる事、それが私のやり方です。

「徐福」の情緒を決定づけるセリフとして、イム・セウン博士(チョン・ヨンナム)の「人間は本当に怖がりでしょう?欲も深くて」を選びましたね。人生が有限だという事は、すべての人が知っているけれど、それでもそのような状況に入り込み、悩まなくてはならない俳優の立場は、また違うのではないかと思いますが。

結局人間は、本質的に皆同じではないでしょうか。人生というものはいつか終わってしまうのだから。その有限性に対して恐れているんでしょう。それが欲になり。いくらそう思わないようにしても、そういうダメな部分があるじゃないですか。私も例外ではありません。だから「どうやって生きるか」について悩みが込められた、この作品に、より関心を持ちました。年を取ることと、人生に対してたゆまず悩んでいたところに、監督と私の考えがぴったりと合ったのですが、私をもっと悩ませることになった作品で、ますます大切に思います。それをどう作品にうまく溶け込ませて、たくさんの人がこういう話ができるように作るのかは、映画を作る者の役割でしょう。

YouTubeで「コンユの鳥肌が立つ防腐剤美貌を見た、10代の反応」という動画を見ました。

私も見ました。「コーヒープリンス1号店」を見て、子供たちがあれこれ言う動画でしょ?私がTVよりもYouTubeをよく見るので(笑)…。面白かったですよ?見ながら爆笑してました。あの「ODG」チャンネルも好きなんですよ。歌手のキム・ボムスさんの回を思い出しますが、彼の悩みに中高生の子たちが一言ずつ声をかけるのを見て、なんとなく癒されたんですよ。

ちょうどデビュー20周年ですね。

あまり関心はないんです。特別に計画していることもないし。ただ、これくらいは考えます。長い間耐えたね、30周年までいけるかな?

いきたいですか?30周年

10年経てば私が50歳初中盤でしょ。あ、こういうことを言うのは気をつけなければならないんだけど‥。わかりません。だけど演技はしているのではないでしょうか?今のように盛んでなないかもしれませんが。

「(私に)大衆性というものが存在する時、その影響力を使いたい」という言葉が、コンユの本心だという気がします。企画から積極的に関わった映画「トガニ」で結局、関連法制定に繋がった経験をしたことがありますから。その達成感が今のあなたに、どのように残っていますか

こんなことも可能なのだという、わずかな自信感が生まれました。また、結果論的な話ですが、映画が興行できなかったり「トガニ防止法」に繋がらなくても、私を必要とする事がある時に関わっていきたいという気持ちが今もあるんです。私が思うには多くの人が私を見てくれている時、俳優にできる、とても素敵なことの1つだと思います。自然なことではあるけれども、それだけ難しい事でもあります。

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」に、あなたが出演するという知らせを聴いた時、不思議と心強く思いました。

似たようなものかもしれません。だからと言って私の根拠を押し付けて、宣戦布告をするというような話を投げかけたいわけではありません。映画は監督の芸術であり、私は媒体じゃないですか。自然に役に投影したいんです。もちろん、そこに特性や感性が入ることもあるでしょうけど。私が選ぶ作品は、おそらくこれからも様々なはずで、だけどきっと、すごく小さくても接点があるでしょう。そして、それを選択した理由を一つ一つ話をするにしても、しないにしても、結局私だけが知ることのできる部分があるかもしれません。また、私にとって意味があるからといって、すべての人にも意味がある話だと、強要したくありません。

個人的に俳優生活の分岐点になったと感じた作品は

これもまた「トガニ」だと思います。私によって始まった唯一の映画なので、特別な意味があります。私が何かを成し遂げたという事実に陶酔しているわけではありません。むしろ、この職業を絶対に軽く考えてはいけないんだなぁ、そんな戒めを与えてくれた作品です。

「茶目っ気がある幼い少年の姿と、余裕のある大人の姿が共存する」という言葉はコンユの魅力を一番よく表しているのではないかと思います。少年のようだという言葉は、あなたにとって気分がいい言葉なのでしょうか

悪くはないです。昔からの知人たちも、年の割には無邪気な面があると言うんですよ。社会生活をして、いろいろな関係の中で傷ついたり、傷つけたりすると、正直になることが難しいじゃないですか。だけど最大限仮面を被らないようにする方です。しょうがなく被らなければならない瞬間、もちろんあります。だけど努力しようとしています。以前は相手がそんな私の心を信じなければ腹が立ちました。やはり人は私の思うとおりにならない、全部自分たちと同じだと思ってるのか、と言いながら(笑)だけど今は執着しません。説得することもできないし、仮にしたとしてもそんな人たちが自分の考えを変えることもないです。

いつ頃そのように考えるようになったのですか?

つい最近です。今も完ぺきではないです。他人の話を軽く話す人は、その人自体心が狭いからだと思います。デンゼル・ワシントンが言った受賞コメントがあるのですが。「心の狭い人たちは他人の話をし、いい人たちは事件について話し、偉大な人たちは思想(idea)を話す」私はこの言葉がすごく好きなんですよ。これもYouTubeで見ました(笑)

それでもスポーツの試合を見る時は一喜一憂しますか。古くからのファンという事で知られている「ゴールデンステート・ウォリアーズ(以下ゴルス)」を検索していて53点差で遠征チームに負けたという記事を見ました。

試合が終わった後「ゴルス」のハイライト映像をあげるYouTubeアカウントがあるのですが、その日は「今日はハイライトをあげる価値がないので、あげません」と言うんですよ。本当に爆笑しました。実は「ゴルス」の今シーズンの目標は優勝ではないんです。それでも一時優勝を3回もした王者なのだから、プレイオフにでも行って欲しいという残念な気持ちです。謙虚な気持ちで朝起きて、一人で「ゴルス」ジャージを着て、声を上げて決勝戦の応援をする、もうそんな日が無くなるという事です。

反面、釣りは1人だけの戦いだそうですね

釣りは戦いというよりは、待つことです(笑)何も釣れない、別名「ハズレの日」もあります。それがとても辛いことだったら、おそらく釣りを二度としないでしょう。だけど帰ってくる船であれこれ考えていて「明日があるじゃないか。明日の海はまた違うだろう」こうやって気持ちを切り替えるから続けているんですよ。その気持ちが続くことが、生きることと似ていると思います。

もっと優れている人、良い人になりたいという気持ちを持っている人だと感じました。そのような向上心をみんなが持っているわけではありません

私がもし俳優になっていなかったら、父親になっているかもしれないし、他の職種で成功しているかもしれません。だけど大勢の人の前に出て演技をすることになり、あまりにも多くの人に愛され、また愛されているという事。両親をはじめ、私と長い間一緒にやってきて支持してくれる人たちがいるという事。これが私が成長しようとする原動力です。彼らが私をさらに良い人にしてくれるんですよ。その人たちが見た時、決して恥ずかしくない人間になりたいです。

どんな事があなたを恥ずかしい人にしますか

どうでしょう。まず、強い者に弱く、弱い者に強い部類には絶対になりたくないし‥。私が知らないことを知っているふり、持てないものを持っているふり「気取り」たくもありません。結局は私の基準と常識の範囲で恥ずかしくない人。最大限、嘘がなく、良心的に、人に被害を与えない‥的確な単語を探したいのですが、ふさわしい言葉がないですね。だからあれこれ思いつくまま言ってみました。はい、私はそんな感じです。

 

 

以上です!

何て立派な人なのっ。

そう生きたいと思っても、なかなか実行できるものじゃないですよね。

でも私が見える範囲のコンユさんは、まさに自分の言っている通りに生きていると思います。

コンユという名前が、お父様の姓の「コン」とお母様の姓の「ユ」を合わせて付けた芸名だという事は、知っている人も多いと思いますが。

「両親の名に恥じないような活動をする」という意思をもって付けたそうです。

ファンで好きなんですけど、最近本当に尊敬する人でもあります。

そしてなにより・・写真が全部チャルセンギョッソ!!!!!!!!!!( ;∀;)

 

 

 

 

POSTED COMMENT

  1. Lamu より:

    とても、楽しくユーモアのあるブログを拝見しています。こんなに長いインタビューを訳してくださり、コン・ユさんの心意気がわかり感動しました。

    • より:

      Lamuさん

      ブログ見ていただいてありがとうございます。
      インタビューや動画は長いものだと時間かかるのですが、どんなに時間がかかっても全然苦じゃないから不思議です。
      自分の勉強と記録を兼ねてアップしているので、またいつでも見に来てください!

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